ハカセ桜(第2回)
後編、お待たせしました。第2回ではいよいよ、思い出の桜との再会です。
福岡 伸一
2026.07.09
読者限定
「宇治のハカセ桜」プロジェクト(後編)
二十数年ぶりに、JR黄檗(おうばく)駅をおりた私はゆっくり歩き出した。あたりの風景はほとんど変わっていない。古くからの住宅がならび、萬福寺に連なるいくつかのお寺に続く門があり、さびれた公園がある。
長い年月を経て、久しぶりに故郷に戻ってきたときに溢れ出す感慨……そんなものはどこからもやってこない。不思議なことに、私の心の中には懐かしさやセンチメントに連なるいかなる感情も湧いてこなかった。それは、あえてこの場所に戻ることを避け続けた結果、あらゆる思いがやがて擦り切れ、ついには漂白されてしまった結果なのかもしれない。そう、そこには、魯迅の『帰郷』のような和解の感覚もなければ、「幸福の黄色いハンカチ」のような感動的なドラマも起こりようがなかった。