福岡伸一セレクション vol.1

代表作の一部を、サポーターの方限定で味わっていただく企画です。第一弾では「ニューヨークの振動」について語ります。
福岡 伸一 2026.01.27
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ニューヨークの振動

 ニューヨークからボストンに研究室を移動した私は、しばしば、マンハッタンを懐かしく思い出した。マンハッタンの光と風。もちろんボストンも東海岸特有の高くて澄んだ空が広がる都会である。ある意味ではより美しい街ともいえる。ハーバード大学につどう同僚は皆すばらしい人たちだった。私は毎朝、廊下で新しい挨拶の表現を知り、巨大なワイドナー図書館の書庫を探検し、ユニオン・オイスター・ハウスでボストン・クーラーを飲み、フェンウェイパークでレッドソックスを応援し、シンフォニーホールの硬い木の座席でオザワの指揮を聴いた。

 しかし、この街には、ニューヨークで私を鼓舞してくれた何ものかが欠けていると感じられた。

 ボストンに住んでしばらくたったある日、私は徹夜実験を終えて実験棟から早朝の街路に出た。芝生はしっとりと朝露を含み、透き通った空には薄い雲が一筋たなびき朝焼けの茜色に染まっていた。あたりは静けさに包まれていた。

 そのとき、ニューヨークにあってここに欠落しているものが何であるかが初めてわかった。それは振動(バイブレーション)だった。街をくまなく覆うエーテルのような振動。

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