福岡ハカセの<トポス/ロゴス/ピュシス> Vol.3
福岡ハカセこと生物学者・福岡伸一が、自ら感じ・発見したさまざまなトポス(場所)、ロゴス(言葉)、ピュシス(自然)について自由自在に語ります。今回は映画「黒の牛」について。
福岡 伸一
2026.02.24
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ロゴスとピュシスの人類史~蔦哲一朗監督作品「黒の牛」を見て~
十牛図のことを知ったのは確か大学入学前後のことである。心理学者の河合隼雄の講義の中で出てきた。中国の故事で、人と牛が出会い交流する過程を十の絵として記したもの。河合隼雄はユング派の泰斗なので、当然この話は自己実現の物語として解説された。牛は、実現されるべき真の自己の象徴として描かれているのだと。
それから長い年月がたち、私はすっかり十牛図のことを忘れていた。が、今回、映画「黒の牛」を見ることによってあらためて十牛図のことを思い出すことになった。
蔦哲一朗監督からは、70mmフィルムで撮影した映画なので、ぜひ劇場の大画面で見てほしいと言われたが、どうしても試写会に私のスケジュールがあわず、ビデオで拝見することになった。しかもそのとき私は米国ニューヨークの大学に行かねばならない時期で、連日マイナス10℃という極寒の中、凍てついた夜、ひとりアパートの暗い部屋でこの映画を見ることになった(もちろん建物の中は暑いほどの暖房がある)。それはそれでゆっくり映画の意味を考えることができたわけだが。